「江戸時代:太宰春台の教育哲学」

江戸講5月講のテーマは「信州が生んだ気骨ある儒学者・経世家“太宰春台”について」でした。(講師は経済学者の清水学氏)
太宰春台は、江戸時代中期に信州・飯田藩士の子として生まれました。 春台は32歳であの有名な荻生徂徠(儒学者・思想家)に入門。師の荻生徂徠に対して「言いにくいことでも言う唯一の弟子」として気骨ある人物でした。 5月講では春台についていろいろなエピソードを聴きましたが、最も興味深かったのは春台の教育哲学でした。
そこで今回は、太宰春台の教育哲学についてご紹介します。

【太宰春台の教育哲学】
◆春台は、中国語・音楽・医学の他、極めて広範囲な分野に関心を持ち、野心家でもありました。 また、日本で初めて「経済」の語を書名とする『経済録』を著したのは春台です。 その後、春台は私塾「紫芝園」を開設し、本格的な研究・執筆・教育に従事し、多くの弟子を育てました。

《哲学1》読書における重要な3つの柱:「熟読精思」「疑惑(疑問)」「問答」
◆「凡そ学術は自己に書を読みて、心を潜めて思惟するにあらざればその義に通達することなし。人の講説を聴く者は、(中略)、退いて其の書を看れば朦朧として通ぜざる処多い。是心に疑惑なくして、人の説を聞く故なり」

《哲学2》「博文」の重要性
◆多方面の書籍を読むべきである。六経・論語など経書だけでなく、老子を含む諸子百家まで対象を広げなければならない。それは伝統的な儒学者(特に朱子学)に対する批判が含まれる。

《哲学3》「会読」(セミナー)を有効にするルール:輪番で読んで、皆がこれを聞く。
◆尊卑先後に拘わらず、皆が質問することができる。また、平等性は出身(士族・町人・僧侶など)に拘わらず保証される。 付和雷同してはならない。 後輩・初学者の疑問に対しても全員がわだかりを持たず素直な態度で聞くべきであり、その質問を笑ってはならない。 初学者を委縮させてはならない。また初学者は恥ずかしいからといって、「疑問」をそのままにしておいてはならない。 論争で相手に勝つことが自己目的となると、論理に無理が生じることがある。競争は人間の性である が、虚心に帰ることが重要である。 自己の個別的な感情を抑制しうる「君子」のみが、自分と異質な価値観・信条を持っている者と討論ができる。

《哲学4》言語を通じる教育の限界の自覚
◆言語は極めて重要であることは言うまでもないが、その限界も知らなければならない。  身体や五感を通じて理解する方法も重要である。 礼楽の道が大切なのもそのためである。体で覚える礼儀・挨拶や音楽などに通じる情操教育も大切である。

※ご感想はいかがでしたか? 特に《哲学3》と《哲学4》については現代の教育についてもそのまま通用することですよね。 私自身の感想としては、現代の教育者・経営者・リーダーたちには《哲学3》会読(セミナー)の個性と平等を尊重した自由闊達な運営の理念をぜひ学び直していただきたいという思いです。 議論・討論が苦手な日本人にとって、忖度することなく率直にかつ自由闊達に議論したり討論したりする力を身につけることが世界で活躍するための基本的な条件のひとつですから。